ひらめきについて
昨日の夕方NHKをつけたらアイスホッケー女子をやっていて、試合中の映像を見ている女優さんの、
「痛そうッ」
というコメントに、思わず笑ってしまいました。スポーツの中継で「痛そうッ」というのは、あまり聞かないような気がします。
ところで、先週やったNHKスペシャル「人体 神秘の巨大ネットワーク」は良かったです。脳の中の神経細胞の働く様子をきれいなCGで映したりして、何かすごかったです。
「ひらめき」を得るには、何も考えずにぼーっとしているのが良いとか。
古来、三上と言って、便器の上、枕の上、馬の上というのが「ひらめく」場所とされています。馬の上、馬上というのは移動中という意味でしょうか。ぼんやりしている時に、突然グッドアイデアがひらめくようです。
しかし、ひらめきはすぐに消えてしまいます。はかないです。何かをひらめいたことだけは覚えていたりして、忘れてしまったひらめきは何かとても重大なことだったような気がします。実際はたいしたことなくても。
ひらめきをすぐに記録する為に、外山滋比古先生は常に紙とペンを持ち歩いていたそうです。ボクはボイスメモに吹き込むか、バレットジャーナルのデイリーログのページに書き込みます。ラピッド・ロギングですね。
でも、あまりガツガツ「ひらめき」を溜めておこうとするのは、下品な感じもします。執着しているような感じです。ボクは敬虔な仏教徒なので(うそ)、何かに執着することはよくないと思っております。