群盲象を撫でる
昨日の虎ノ門ニュースで武田先生が、「群盲象を撫でる」を言っていました。暗闇の中で、一人は太い足を触り、別の一人は長い鼻を触り…という感じで、それぞれが「これはこれこれである」と言うが、全体が見えないので「これは象である」と正解を言えるものはいない、という感じのことばです。当時は象という動物が珍しく、知らない者が多かったのでしょうね。
武田先生は、本庶先生のノーベル賞受賞にまつわる話題として、最先端の研究がいかに大変で重要かということを述べておられました。そして、「群盲象を撫でる」とは言いませんでした。今は群盲なんて言葉は言えないのでしょうか。
ボクの、これは「群盲象を撫でる」か?と思った体験を書きます。
20年以上昔、ボクの職場でCIMを導入することになった時のことです。CIMというのは、大げさで先走った恥ずかしい言葉だったのですぐ廃れましたが、要するに生産管理システムのことです。当時のボクの職場の生産管理のやり方からすれば、猫に小判、ブタに真珠、乞食が馬をもらったような状況でした。
まがりなりにも生産管理じみたことをやっている人は、5人くらいいました。ボクが一人ずつ、今の管理の仕方について話を聞いていった時に、まさに、群盲象を撫でる、かなと思ったものです。
そこに一頭の象という正解があるなら、それを知りたいと思いましたが、実はそれも怪しいということを後になって知りました。労働組合の役員になって経営協議会に臨んだとき、専務が、ボクのいた職場には何も期待していないと言うのを聞いて、やっぱりなと思いました。