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CBOのスケッチブック

素敵な絵をお届けします

狭山市駅西口

ink & wash

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 西武新宿線狭山市駅の西口です。市民交流センターのところから連絡通路の下側を見ています。幾何学的な構図を描いてみようと思いました。


 ところで、ボクは武田邦彦教授のブログをよく聞きます。朝日新聞NHKがうそをつくこと、大麻は有害でないこと、リサイクルの詐欺的な構造、小保方さんは悪くないことなどなど全面的に武田邦彦教授を支持します。いつも、日本の社会の不合理な部分をはっきり示してくれます。

 今日の、人間関係の話も興味深く聞きました。人間関係で悩む人を心配して、こうすれば苦労しないだろうという、一種の提案だと思います。
 言葉のやりとりよりも、相手の心を読むことを重視する日本独特なやり方を改めて、外国人を見習うべきだと言います。たとえ表面的な付き合いと見えても、自分を確立したうえで、言語によるコミュニケーションを中心にした論理的でサラッとした人間関係を勧めます。
 おそらく武田教授は、日本の社会の非科学的で不合理な部分が我慢できず、何とかしたいのだと思います。日本の社会の不合理性のみなもとは、対人関係に見られるような日本人独特の「悪い」やり方(態度)だと考えているのではないでしょうか。今日の提案は、人間関係で悩まないようにすると共に、社会の不合理が無くなることを願っての発言だろうと思います。「悪い」部分をなくせば良くなるだろうという発想だと思います。

 ボクの考えは違います。

 ボクの考えは岸田秀の唯幻論に基づいています。ここで岸田の理論を敷衍するのは、長くなるのでやめます。
 要は、日本の社会の不合理な部分は「悪い」やり方からくるのではなく、むしろ、自分たちのやり方を「悪い」やり方だと思っているのに変えられないという深刻な葛藤からくるのではないかという考えです。

 人間の社会は幻想に頼ってどうにか成立しているという点では万国共通です。日本と日本以外の国とでは、やり方が違うようですが幻想だという点では同じで、良い悪いはありません。お互いの違う部分が良く見えたり、悪く見えたりするのでしょう。
 悪い部分を無くしたくても、根本的な幻想を組み換えることはできないのだから無理な願いです。ここに執着すると、葛藤が生じます。

 今日の武田教授の話、日本人独特のウエットな人間関係で悩むよりも外国人のようにドライな態度でいるほうが良いということは、すでに多くの日本人が気付いていることだと思います。ところがこれは無理で、とても危険な願いのようです。社会全体が葛藤に苦しみ、神経症にかかってしまっているように見えます。